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こんな年明けでした。

  • 2010/04/02(金) 22:27:08

長い冬眠からやっと目覚めたのですが今年初めから色んな事がありました。
1月上旬に叔父が事故で亡くなりました。
よくいう「小さい時にオムツ換えたったんや」的な身近な身内でした。
僕と同業の大工で現場での事故によって命を落としました。
大工としてもバリバリで2年前の僕の独立も「やったらできるわ、でけんとこやったるやないか」と後押ししてくれました。
実際僕の技量では純和風の家屋などは手に負えない部分もあり、もしそういった場面に出くわしたら叔父の手を借りれるという気持ちがあったので気楽な部分も多々ありました。
上棟式での事故だったのですが叔父は今まで上棟式を何百件とこなしてきていましたが最近は「若いもんには勝てんな~wおまえら上あがって叩いてこいよ~」とあまり上には上がらず下で段取り方をしていました。
叔父は若い時から上で叩くのが好きだったのですがこれからはお前らの時代やからわしはもうええわと言っていた矢先の事故でした。
しかしその事故は下で段取りをしていた時にレッカーの積み荷が崩れ材料の下敷きになり亡くなりました。
その上棟式には僕はいっていませんでしたが同業ということもありその場にいなくともどういった感じで事故に巻き込まれたのか何となくわかるのが余計につらく頭の中でその現場が勝手に浮かんできました。
最後に会ったのは僕の家まで子供たちにお年玉を持ってきてくれたのですが何気なく「あ~、おめでとう」と言葉を交わしただけでした。
事故ということで遺体はすぐには帰ってこず司法解剖にまわされ遺族共々その期間に疲れ果ててしまいました。
この目で対面するまで現実的に彼の死を受け入れられずなんというか気の抜けたような虚空な時間を過ごしその後冷たくなった叔父と対面し悲しみという感情のみで心がいっぱいで涙が止まりませんでした。
通夜、告別式とも叔父が自分で建てた大好きだった自宅にて行いましたので手伝えることは精一杯やろうと受付や雑用などバタバタと時間が過ぎていき最後の別れもすませましたがなんとなく今でも叔父がいきなりやってきそうな気もします。
遺品といいますか叔父の使っていた大工道具をいくつか譲り受けました。
いちばん身近な大工道具といえば金づちですので「それはおれが貰う!おれが使う!」と無理を言い今僕の釘袋に収まっています。
失くさない限り一生使えるでしょうし叔父の意思と言いますかそういったものを引き継いで頑張ろうと思います。
いつか叔父に「どうや!ええ家建てたやろ!」と報告できるよう精進していきます。

なんか変なブログになってしまいましたが独り言ということでw

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